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<title>オグロの“小菅別荘”体験記と“私の停車場”――仲間とその情熱に支えられ</title>
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<description>ＪＲの運転士として真面目に仕事をしてきた僕はある日全く身に覚えのない容疑で逮捕されます。孤独と不安におののく僕を終始支えてくれたのは鉄道の仲間でした。このブログはえん罪と闘う僕と仲間の記録です。幼いわが子は僕の状況や仲間の連帯などをまだ理解できませんが、いつか真実を知ってほしい。そういう意味で子どもたちに捧げる記録ブログでもあります。
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<item rdf:about="http://www.ogurobu-rentai-344-10-10.com/archives/894196.html">
<title>１３０回　袴田巖さん</title>
<link>http://www.ogurobu-rentai-344-10-10.com/archives/894196.html</link>
<description>　やっぱり袴田巌さんに違いない。

　東京・小菅の東京拘置所で何度か見かけたことがあるのです。

　当時僕が読んでいた新聞に袴田事件の特集が出ていました。そこに載っている袴田さんの若いころの写真を見て、拘置所屋上で運動する際に見かける人に似ていると思いま...</description>
<dc:creator>ogurojru</dc:creator>
<dc:date>2008-07-23T17:00:11+09:00</dc:date>
<dc:subject>小菅の拘置所で</dc:subject>
<content:encoded><![CDATA[　やっぱり袴田巌さんに違いない。<br>
<br>
　東京・小菅の東京拘置所で何度か見かけたことがあるのです。<br>
<br>
　当時僕が読んでいた新聞に袴田事件の特集が出ていました。そこに載っている袴田さんの若いころの写真を見て、拘置所屋上で運動する際に見かける人に似ていると思いました。でも、当時は半信半疑でした。<br>
<br>
　こんなこともありました。僕が独居房にいると、映画「男はつらいよ」のオープニング音楽が聞こえてきたのです。どこかの独居房でテレビを見ている人がいるのでした。小さな音で聞いているのでしょうが、静まりかえった空間ですから聞こえてくるのです。<br>
<br>
　テレビを見ていいのか？！　それなら僕も見たい。そう思って刑務官に「自分もテレビを見たい」と伝えました。しかし、「お前は絶対に見られない」と言われました。当時はその意味が分かりません。<br>
<br>
　保釈後に読んだ『東京拘置所のすべて』という本に、死刑囚はテレビを見ることができると記されていました。これで刑務官の言った意味が分かり、断片がつながりってきました。<br>
<br>
　さらに、袴田さんが東京拘置所のＢ棟８階にいることを知り、「袴田さんに違いない」と確信しました。Ｂ棟８階は僕がいた場所と同じだからです。<br>
<br>
　死刑が確定したあとも、冤罪だと訴え、再審を求めて闘っているのが袴田さんです。静岡地方裁判所での死刑判決に関わった熊本典道・元裁判官が最近になって袴田さんの支援に立ち上がったことでも注目を集めています。その袴田さんが僕のすぐ近くの独居房にいたのです。]]>
</content:encoded>
</item>
<item rdf:about="http://www.ogurobu-rentai-344-10-10.com/archives/891699.html">
<title>１２９回　闘う人たち</title>
<link>http://www.ogurobu-rentai-344-10-10.com/archives/891699.html</link>
<description>　僕の闘いを書いてきましたが、ここで少し違う“闘い”を紹介しようと思います。東京・小菅の東京拘置所での話です。

　僕の独居房の隣にいる男性がドアを叩いて叫んでいたことがありました。

　「ホルモン注射をしてくれ！　オレは裁判所の許可をもらっているんだ！...</description>
<dc:creator>ogurojru</dc:creator>
<dc:date>2008-07-22T12:00:56+09:00</dc:date>
<dc:subject>闘う日々</dc:subject>
<content:encoded><![CDATA[　僕の闘いを書いてきましたが、ここで少し違う“闘い”を紹介しようと思います。東京・小菅の東京拘置所での話です。<br>
<br>
　僕の独居房の隣にいる男性がドアを叩いて叫んでいたことがありました。<br>
<br>
　「ホルモン注射をしてくれ！　オレは裁判所の許可をもらっているんだ！」<br>
<br>
　何だか切羽詰まった感じです。でも、ホルモン注射の意味が分かりません。<br>
<br>
　「胸がなくなってしまう！」<br>
<br>
　えー！　ああ、そういうことか。ようやく意味が分かりました。<br>
<br>
　刑務官が僕のところにきて謝りました。<br>
<br>
　「うるさくて申し訳ない。そのうち対応するから」<br>
<br>
　その人を移動させるかと思ったら、１週間後に僕が独居房を移動することになりました。<br>
<br>
　「オレですか？！」<br>
<br>
　こうして書くと何だかユーモラスな感じがするかもしれませんが、当事者にとっては重要な“闘い”であることは間違いありません。<br>
<br>
　もう１人、静かな静かな“闘い”を僕は垣間見ていました。]]>
</content:encoded>
</item>
<item rdf:about="http://www.ogurobu-rentai-344-10-10.com/archives/883290.html">
<title>１２８回　検察側の無謀なストーリーがえん罪を生む</title>
<link>http://www.ogurobu-rentai-344-10-10.com/archives/883290.html</link>
<description>　公判は６０回に及びました。ざっと見てきましたが、いろんなことがありました。

　かつての僕はＮ検察官に「裁判になった時、自分が保釈されるためにはどうすればいいのですか」と何度も何度も聞いていました。Ｎ検察官に最後に言われた「後悔しているならいつでも呼ん...</description>
<dc:creator>ogurojru</dc:creator>
<dc:date>2008-07-18T19:00:29+09:00</dc:date>
<dc:subject>闘う日々</dc:subject>
<content:encoded><![CDATA[　公判は６０回に及びました。ざっと見てきましたが、いろんなことがありました。<br>
<br>
　かつての僕はＮ検察官に「裁判になった時、自分が保釈されるためにはどうすればいいのですか」と何度も何度も聞いていました。Ｎ検察官に最後に言われた「後悔しているならいつでも呼んでくれ」という言葉がずっと脳裏にあって、「１０年２０年出られなかったらどうしよう」という恐怖に震えていました。<br>
<br>
　そんな僕が仲間の激励や一緒に闘う先輩たちの姿に支えられて、立ち向かうことができるまでになっているのでした。<br>
<br>
　一連の公判では、検察側が裁判所に提出した証拠から「あっ」と思い出したことがありました。例えば、勤務表を追いかけていけば、誰がいつどこにいたか明白に分かるのです。そうすると、検察側の冒頭陳述書で「オグロとＡとＢの３人がＹ君を取り囲んで退職を迫った」としている日時は、乗務の都合で３人がそろうことなど不可能だったことが分かったりしました。<br>
<br>
　ぽっと思い出すこともあり、それは裁判官の前できちんと証言しました。例えば、検察官のストーリーでは僕がＹ君をつるし上げていることになっている部分があるのですが、実際は僕がＹ君から初めてあいさつをされた日であることを思い出しました。<br>
<br>
　検察側がつくった、事実に反するストーリーはまだまだあります。<br>
<br>
　例えば、Ｙ君が脅迫の恐怖心から会社を休んだと起訴状にあるのですが、これは実はＹ君があらかじめ申請していた年休などに過ぎませんでした。<br>
<br>
　Ｙ君への主尋問では、僕がＹ君に「組合を辞めろ。会社も辞めろ」と言ったことになっています。しかし、組合脱退を撤回するという発言がウソだったので、呆れ果ててＹ君に「組合を辞めたいなら辞めれば」と言ったに過ぎません。でもこれが検察側の手にかかるとＹ君に脅迫したというストーリーになってしまうのです。<br>
<br>
　逮捕から拘留、公判までずっと僕を苦しめたのは、検察側がでっち上げたストーリーでした。検察側の無謀な思い込みがえん罪を生むのです。これは僕だけの話ではありません。最近話題になった布川事件もあるように、えん罪はどこで起きても、誰に降りかかっても不思議ではないと思います。]]>
</content:encoded>
</item>
<item rdf:about="http://www.ogurobu-rentai-344-10-10.com/archives/878462.html">
<title>１２７回　ウソの供述調書をつくろうと決めた時</title>
<link>http://www.ogurobu-rentai-344-10-10.com/archives/878462.html</link>
<description>　僕がウソの供述調書にサインをしてしまったことについて、このブログですでに書きました。取調室で倒れて入院し、翌日に退院した時の話です。

　この時の僕の心がどういう状態だったのかということを、２００６年９月２８日に東京地方裁判所で開かれた第５３回公判で証...</description>
<dc:creator>ogurojru</dc:creator>
<dc:date>2008-07-16T16:00:32+09:00</dc:date>
<dc:subject>闘う日々</dc:subject>
<content:encoded><![CDATA[　僕がウソの供述調書にサインをしてしまったことについて、このブログですでに書きました。取調室で倒れて入院し、翌日に退院した時の話です。<br>
<br>
　この時の僕の心がどういう状態だったのかということを、２００６年９月２８日に東京地方裁判所で開かれた第５３回公判で証言しました。証言したのは以下のようなことです。<br>
<br>
　退院して杉並署に戻った時、ヒゲ弁護士が接見にきてくれました。その接見の最後で、僕からヒゲ弁護士に「調書をつくる段階になっています」という言い方で報告しました。<br>
<br>
　ヒゲ弁護士は「ウソの調書でなければ大丈夫」と言っていました。また、僕の体を気遣ってくれて、「無理しなくていい」とねぎらってくれました。この接見の時に僕はヒゲ弁護士に「ウソの調書をつくろうとしています」と言えませんでした。<br>
<br>
　Ｎ検察官から「争っていると１０年２０年出られない」と言われ、１０年２０年出られないことを考えると、精神的に耐えられなくなっていたのです。それでウソの調書をつくりたいと思ってしまいました。ヒゲ弁護士の接見の前に、ウソの供述調書にサインしようとほとんど決めていたのです。<br>
<br>
　でも、ヒゲ弁護士から「ウソの調書でなければ大丈夫」と言われてしまったので、「もう耐えられないからウソの調書をつくりたい」とは言い出せなかったのです。<br>
<br>
　このような状況でできあがったのが僕の供述調書です。]]>
</content:encoded>
</item>
<item rdf:about="http://www.ogurobu-rentai-344-10-10.com/archives/876958.html">
<title>１２６回　布川事件と同じえん罪の構図</title>
<link>http://www.ogurobu-rentai-344-10-10.com/archives/876958.html</link>
<description>　茨城県利根町布川で１９６７年に男性が殺されたうえ現金を奪われた「布川事件」で、東京高等裁判所は７月１４日、水戸地方裁判所土浦支部の再審開始を支持する決定を出しました。

　犯人に仕立てられた男性２人が捜査員に誘導され、捜査員が求める“正解”に追従せざる...</description>
<dc:creator>ogurojru</dc:creator>
<dc:date>2008-07-15T23:00:53+09:00</dc:date>
<dc:subject>闘う日々</dc:subject>
<content:encoded><![CDATA[　茨城県利根町布川で１９６７年に男性が殺されたうえ現金を奪われた「布川事件」で、東京高等裁判所は７月１４日、水戸地方裁判所土浦支部の再審開始を支持する決定を出しました。<br>
<br>
　犯人に仕立てられた男性２人が捜査員に誘導され、捜査員が求める“正解”に追従せざるを得なかった状況は、僕に共通するものです。<br>
<br>
　２００６年９月２８日に東京地方裁判所で開かれた第５３回公判では、弁護士の質問で、僕への異様な取り調べが浮かび上がりました。それは、布川事件と同じだったのです。<br>
<br>
　取調室で「はい」と僕に答えてほしい質問と、僕の記憶通りに答えていい質問の区別ができました。Ｎ検察官の質問の仕方で分かるのです。<br>
<br>
　法廷で弁護士が聞いてきました。<br>
<br>
「具体的にどんなものだったんですか」<br>
<br>
「『こうだろう』と決めつけて言われた時は、『はい』と答えていました」<br>
<br>
　警視庁公安２課の“山さん”がつくった僕の供述調書には、「勾留理由開示裁判でＡさんは不当逮捕などと言っていましたが、私は不当逮捕だとは思っていません」という記述があります。これは、“山さん”から「不当逮捕と思っていないんだろう」と決め付けて言われたので、「はい」と答えたのです。<br>
<br>
　Ｎ検察官の質問で僕が「はい」と答えたものもあります。でもそれは僕の記憶どおりだから「はい」と答えたのではありません。記憶がなくても、「……だろう」と決め付けて聞かれた場合は、「はい」と答えたり「そうなんじゃないかな」と答えたりしていました。<br>
<br>
　弁護士が質問を重ねます。<br>
<br>
「オグロさんに対して、検事や刑事が記憶通りに答えていいよという感じで質問しているだろうなという時は、どんな聞かれ方ですか」<br>
<br>
「『この時はどうなのかな』と聞かれたり、『これから質問します』と聞かれた時は、自分の記憶どおりに答えていいのだと思いました」<br>
<br>
　もちろん、Ｎ検察官や“山さん”から「こういう質問の仕方をした時ははいと答えてくれという意味なんだよ」というような説明を受けたことはありません。<br>
<br>
　弁護士が質問を続けます。<br>
<br>
「質問に対して、記憶と違っていても『はい』と答えるべきか、記憶通りに答えていいか、どうして分かるようになったんですか」<br>
<br>
「『こうだろう』と言われた時に『違います』とか『分かりません』とか答えていました。でも、そういう時は検察官や刑事が『メモがある』とか『こういうことを書いたレジュメがあるんだ』とか言って食い下がってきました。そこで、『こうだろう』と決め付けて聞いてきた時は検察官や刑事は譲れないんだろうと分かりました」<br>
<br>
「ところで、Ｎ検事らがつくった供述調書にはオグロさん自身の記憶にない部分が入っていますよね」<br>
<br>
「はい」<br>
<br>
「記憶にない部分がどうしてつくられたのですか」<br>
<br>
「私は黙っていました。するとＮ検事が『それはこうだろう』とかの説明をしてくるのです。そこで私が『そういう感じだったと思います』とか『そうだと思います』とか答えて、記憶がない話が供述調書に書かれました」<br>
<br>
　えん罪が容易に起こりうることを自分の経験から証言できたと思います。]]>
</content:encoded>
</item>
<item rdf:about="http://www.ogurobu-rentai-344-10-10.com/archives/873701.html">
<title>１２５回　法廷で語った真実</title>
<link>http://www.ogurobu-rentai-344-10-10.com/archives/873701.html</link>
<description>　検察側の質問はさらに続きます。供述調書を作成したあと家族に宛てて書いた手紙について聞いてきました。

「あなたが文面を考えて書いたということですか」

「検事が見ていますので、検事の気に入るように書いていったということです。その後は検事が読みますので、...</description>
<dc:creator>ogurojru</dc:creator>
<dc:date>2008-07-14T14:00:54+09:00</dc:date>
<dc:subject>闘う日々</dc:subject>
<content:encoded><![CDATA[　検察側の質問はさらに続きます。供述調書を作成したあと家族に宛てて書いた手紙について聞いてきました。<br>
<br>
「あなたが文面を考えて書いたということですか」<br>
<br>
「検事が見ていますので、検事の気に入るように書いていったということです。その後は検事が読みますので、自分の本当のことを書くというよりも、自分の意に反したものが書かれた手紙だと思います」<br>
<br>
「手紙を書いている時に、そういう書き方おかしいよとか、それは直してとか、検事に言われましたか」<br>
<br>
「いいえ。ただ、その前に、こういうことは書いた方がいいということは言われていて、それに沿って書いたものです。ですので、自分の意に反した手紙だと思っています」<br>
<br>
「話を合わせていたわけですね」<br>
<br>
「はい、そうです」<br>
<br>
「検事に気に入られようと思って、そういう筋で文章を考えて書いたということですか」<br>
<br>
「はいそうです」<br>
<br>
　検察側が質問をすればするほど、僕がＮ検察官におびえ、自分の気持ちに反することでもＮ検察官の意を汲んで書いてしまったことが、きちんと証言できました。これで、供述調書には任意性も信頼性もないことが浮かび上がったと思います。<br>
<br>
　僕が法廷で語ったことが真実なのです。]]>
</content:encoded>
</item>
<item rdf:about="http://www.ogurobu-rentai-344-10-10.com/archives/866824.html">
<title>１２４回　検事は怖い</title>
<link>http://www.ogurobu-rentai-344-10-10.com/archives/866824.html</link>
<description>　検察側の質問は続きます。

　初公判のあと僕はＮ検察官から「お前も不当だと思っているのか。不当だと言えば裁判所に逆らうことになる」と言われました。このことを検察側は持ち出してきたのです。

「私はやっていないというふうには検事に言えなかったんですか」
...</description>
<dc:creator>ogurojru</dc:creator>
<dc:date>2008-07-11T14:00:35+09:00</dc:date>
<dc:subject>闘う日々</dc:subject>
<content:encoded><![CDATA[　検察側の質問は続きます。<br>
<br>
　初公判のあと僕はＮ検察官から「お前も不当だと思っているのか。不当だと言えば裁判所に逆らうことになる」と言われました。このことを検察側は持ち出してきたのです。<br>
<br>
「私はやっていないというふうには検事に言えなかったんですか」<br>
<br>
「言えなかったです」<br>
<br>
「理由は何ですか」<br>
<br>
「怖いからです」<br>
<br>
「怖い理由は」<br>
<br>
「検事さんは怖いですよ。取り調べの目の前に現れれば」<br>
<br>
「『お前も不当だと思っているのか』と言われた時、何か脅迫文言みたいなことはあったんですか。脅されたようなことは？」<br>
<br>
「脅迫する検事はいないと思いますが、検事は怖いですよ、私からすれば。取り調べで目に前に現れて『お前は逆らうのか』と言われれば怖いですよ」<br>
<br>
「特に何か具体的な怖い言葉を言われたわけではないんですか」<br>
<br>
「ですから、検事は怖いです。取り調べに現れた時の検事は怖かったです」<br>
<br>
「どういう部分をとらえて怖い怖いと言っているのですか」<br>
<br>
「言葉じゃないですよ。取り調べに現れる検事自体が怖いということです」<br>
<br>
　検察側が質問を重ねれば重ねるほど、僕が当時置かれていた精神状態が明らかになっていきました。]]>
</content:encoded>
</item>
<item rdf:about="http://www.ogurobu-rentai-344-10-10.com/archives/864536.html">
<title>１２３回　検察官を信じてはいけない？</title>
<link>http://www.ogurobu-rentai-344-10-10.com/archives/864536.html</link>
<description>　第５２回公判は２００６年９月８日に東京地方裁判所で開かれました。

　前回の公判で僕はＮ検察官から「争っていたら１０年２０年出られない」と言われたことを証言しました。そういう、いわば脅迫のような言葉のプレッシャーを受けて僕の供述調書はできあがったわけで...</description>
<dc:creator>ogurojru</dc:creator>
<dc:date>2008-07-10T14:00:44+09:00</dc:date>
<dc:subject>闘う日々</dc:subject>
<content:encoded><![CDATA[　第５２回公判は２００６年９月８日に東京地方裁判所で開かれました。<br>
<br>
　前回の公判で僕はＮ検察官から「争っていたら１０年２０年出られない」と言われたことを証言しました。そういう、いわば脅迫のような言葉のプレッシャーを受けて僕の供述調書はできあがったわけですから、任意性も信用性もないというのが僕の主張です。<br>
<br>
　これに対して検察側は、僕の供述調書は僕の任意に基づくものであり、だから信頼性がある、という立場で、今回の法廷で僕に尋問をしてきます。検察側はＮ検察官の取り調べが妥当だということを証明しようと、同じような質問を何度も浴びせてきます。<br>
<br>
「弁護士は『１０年２０年は出られない』ことはありえないと言ってくれたわけでしょう。なぜそれを信用しなかったんですか」<br>
<br>
「取り調べでは『出られない』という話をされていますから」<br>
<br>
「最終的に検事のほうを信用したということですね」<br>
<br>
「はい、そうです」<br>
<br>
「ただ、あなたの弁護士を信用されていましたね」<br>
<br>
「もちろんそうです」<br>
<br>
「そうすると、信頼されている弁護士さんよりも、初めて会う検事のほうを何で信用したんですか」<br>
<br>
「Ｎ検事がそうする（１０年２０年僕を出さない）と思ったからです」<br>
<br>
　弁護士ではなく検事をなぜ信用するのかと検察側が聞いてくるのですから理解に苦しみます。<br>
<br>
　検察側はこんな質問もしていました。<br>
<br>
「Ｎ検事から、さんざん保釈の件で脅かされて、ウソの内容の調書にサインをさせられたなんていうのは立派な不当捜査ですから、そのことを何でこの法廷で言わなかったんですか」<br>
<br>
　Ｎ検察官がしていたことは検察側自身が認める「立派な不当捜査」だったのだとこの時初めて分かりました。<br>
<br>
　供述調書を作成されたあとＮ検察官の勧めにしたがって書いた「今の心キョウについて」についても質問をしてきました。僕が自分で書いた文章だろうと検察側が何度も質問を重ねたあと、裁判長が的を射た質問をしてくれました。<br>
<br>
「その当時のあなたの本当の気持ちだったんですか」<br>
<br>
「いえ、違います」<br>
<br>
「そこが違うんですね」<br>
<br>
「はい」<br>
<br>
　書いたのは僕ですが、本当の気持ちではありません。検察側の質問よりもはるかに的確な質問を裁判長が投げかけ、すくい上げてくれました。]]>
</content:encoded>
</item>
<item rdf:about="http://www.ogurobu-rentai-344-10-10.com/archives/862287.html">
<title>１２２回　検察官と闘う</title>
<link>http://www.ogurobu-rentai-344-10-10.com/archives/862287.html</link>
<description>　ところでＹ君は隠し持ったＩＣレコーダーで労組の職場集会の内容を録音していました。仲間に対して隠し録音をすること自体にＹ君の姿勢が表れているように思います。

　その音声を警察が文字起こししました。ところが、改ざんされた部分がいくつもあるのです。法廷の場...</description>
<dc:creator>ogurojru</dc:creator>
<dc:date>2008-07-09T15:00:08+09:00</dc:date>
<dc:subject>闘う日々</dc:subject>
<content:encoded><![CDATA[　ところでＹ君は隠し持ったＩＣレコーダーで労組の職場集会の内容を録音していました。仲間に対して隠し録音をすること自体にＹ君の姿勢が表れているように思います。<br>
<br>
　その音声を警察が文字起こししました。ところが、改ざんされた部分がいくつもあるのです。法廷の場で僕は具体的に３０カ所ほど指摘しました。<br>
<br>
　例えば、検察側の冒頭陳述書にある「お前が恨んでも一緒なんだよ」は実は「お前が選んだ道なんだよ」ですし、「責任とれよ」は正しくは「（電車が）遅れているよ」です。このように会話内容が改ざんされているばかりか、発言者まで間違っていることを僕は指摘しました。<br>
<br>
　ＩＣレコーダーには「怒れ。うんと怒れ。馬鹿なんだから。周りがパーなんだから」という挑発の声が録音されているのですが、この声はＹ君だという証言もしました。<br>
<br>
　７月１４日に開かれる予定だった第５０回公判は、僕が熱を出してしまったため延期にしました。全国から集まってくれた仲間に申し訳ないと思いつつも、ボーッとした頭で証言することの恐ろしさを考えると、延期してもらうのが最善でした。<br>
<br>
　法廷が始まる前に弁護士と一緒に東京地方裁判所の刑事１１部のオフィスに行って、裁判長と２人の裁判官に「今日は熱があってしっかりした証言ができないので延期にさせてください」と話しました。裁判長は優しく「分かりました」と言ってくれました。<br>
<br>
　法廷で見る裁判長は黒い法被を着用して、上から見下ろす感じですから、圧迫感があります。でも、オフィスで見る裁判長は普通のネクタイ姿で、法被を着用していません。目線の高さも僕らと同じです。だからでしょうか、裁判長という感じが全然しないのです。その辺を歩いていても裁判長だと誰も分からないはずです。法廷でのイメージと全然違うことが印象に残りました。<br>
<br>
　第５１回公判は７月３１日に開かれました。引き続き弁護側の質問に答える形で、僕が受けた異常な取り調べの様子を話しました。<br>
<br>
　このブログですでに書いたように、取り調べの過程で何度も何度も「争っていたら１０年２０年出られない」と言われたこと、倒れて入院した時でさえベッドの枠に手錠でつながれていたこと、退院して杉並署に戻ったあとほとんど休む間もなく供述調書をつくられたことなどを証言したのです。<br>
<br>
　この証言によって供述調書の任意性と信用性について徹底的に検察官と争います。<br>
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　取調室で「争っていたら１０年２０年出られない」とＮ検察官に言われ、争うことを一度はあきらめた僕ですが、この４年間で大きく成長したと思います。<br>
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　信頼し合える多くの仲間がいること、そして無罪を勝ち取るために被告人とされた６人の先輩たちと努力してきた日々のおかげです。]]>
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</item>
<item rdf:about="http://www.ogurobu-rentai-344-10-10.com/archives/860258.html">
<title>１２１回　検察のウソ</title>
<link>http://www.ogurobu-rentai-344-10-10.com/archives/860258.html</link>
<description>　話は２００６年に飛びます。その６月１日に第４８回公判が東京地方裁判所で開かれました。７人の被告人が順番に尋問を受けていき、僕が最後になりました。最後になった理由は、「裁判長が聞きたい人から順番にしたほうがいいだろう」という弁護士の判断で決まったのです。...</description>
<dc:creator>ogurojru</dc:creator>
<dc:date>2008-07-08T17:00:47+09:00</dc:date>
<dc:subject>闘う日々</dc:subject>
<content:encoded><![CDATA[　話は２００６年に飛びます。その６月１日に第４８回公判が東京地方裁判所で開かれました。７人の被告人が順番に尋問を受けていき、僕が最後になりました。最後になった理由は、「裁判長が聞きたい人から順番にしたほうがいいだろう」という弁護士の判断で決まったのです。<br>
<br>
　順番が最後ということで僕はホッとしました。ところが、です。公判が進み、先輩たちは順番に証言を終えていきます。僕は最後ですから、自分の順番が少しずつ迫ってきます。少しずつプレッシャーを感じるようになってきました。証言を終えた先輩たちが羨ましいと思いながら、自分の順番を待ちました。<br>
<br>
　法廷では、自分の生い立ちやＹ君と同期入社だったこと、しかし運転士になったのはＹ君が４年遅いこと、Ｙ君が運転士になったばかりのころに「運転士は飽きた。タンクローリーの運転士になりたい。危険物取り扱いの勉強をしている」と言っていたことなどを、弁護士の質問に答える形で話しました。<br>
<br>
　第４９回公判は６月２２日に開かれました。前回と同じように、弁護側が僕に質問をする形で進みます。<br>
<br>
　この公判では検察側がつくった冒頭陳述書のウソを明らかにしました。例えば、冒頭陳述書で僕は「２００１年２月７日午後３時４０分ごろから約１時間にわたって脅迫し、組合からの脱退および退職を迫った」というふうに書かれています。<br>
<br>
　しかし、その日のその時間、達示室にいるＹ君たちを見て、その横を無言で通り過ぎただけです。達示室というのは会社の伝達事項を掲示してある単なる通路に過ぎません。そもそも乗務員が何人も行き交う通路で、どうやって１時間も脅迫できるのでしょうか。<br>
<br>
　黙って通り過ぎただけの僕が１時間にわたってＹ君を脅迫していると検察側の冒頭陳述書に書かれているのですから、デタラメもいいところです。]]>
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</item>
<item rdf:about="http://www.ogurobu-rentai-344-10-10.com/archives/857790.html">
<title>１２０回　つかの間の休息</title>
<link>http://www.ogurobu-rentai-344-10-10.com/archives/857790.html</link>
<description>　保釈の翌日、つまり２００３年１０月１１日、僕が所属しているバスケットボールのクラブチームの試合があったので体育館に見に行きました。コートにチームメートがいたのであいさつに行きました。

「頑張ったね」

　事情を知っている何人かのチームメートが僕を抱き...</description>
<dc:creator>ogurojru</dc:creator>
<dc:date>2008-07-07T17:00:36+09:00</dc:date>
<dc:subject>闘う日々</dc:subject>
<content:encoded><![CDATA[　保釈の翌日、つまり２００３年１０月１１日、僕が所属しているバスケットボールのクラブチームの試合があったので体育館に見に行きました。コートにチームメートがいたのであいさつに行きました。<br>
<br>
「頑張ったね」<br>
<br>
　事情を知っている何人かのチームメートが僕を抱きしめてきます。<br>
<br>
「お前も出ろよ！」<br>
<br>
　促してくれるチームメートもいます。<br>
<br>
「いや、体力がないから」<br>
<br>
　遠慮しているのではなく、３４４日の勾留で体力が本当に落ちているのです。<br>
<br>
「どうして出ないの？」<br>
<br>
　事情を知らないチームメートに促されましたが、観戦を楽しむことにしました。<br>
<br>
　チームメートの中にはＪＲの同僚が１人います。彼を通して僕の事情を知っている人と何も知らない人がいるようでした。<br>
<br>
　その翌日、１０月１２日は子供の幼稚園の運動会です。<br>
<br>
　園庭にいると、同じ社宅に住む奥さんたち４～５人が僕のところに来てくれました。<br>
<br>
「お疲れさまでした」<br>
<br>
　こう言って握手を求められました。この中には涙を流しながら手をさしのべてきた女性がいます。僕が警察に連行される様子を見ていた奥さんです。<br>
<br>
　僕はただ頭を下げました。<br>
<br>
　周囲の視線が気になります。照れくさいし恥ずかしいし、奥さんたちに囲まれて握手をしている自分が不思議です。<br>
<br>
　奥さんたちがわざわざ僕のところに来て、ねぎらいの言葉をかけてくれるのは、僕のことを家庭でご主人が奥さんにきちんと話してくれていたに違いありません。うれしさを噛みしめます。「オグロは無実だ」と言ってくれている仲間の存在ほど心強いものはありません。<br>
<br>
　運動会では子供と一緒に走りました。僕が帰宅してからずっと子供ははしゃいでいました。この日もすごくうれしがっています。保釈申請が却下され続けていた僕はこの運動会には行けないだろうとあきらめていました。それだけに、この日の僕はもしかすると子供以上に楽しんだかもしれません。<br>
<br>
　保釈されてようやく家族全員がそろい、普通の、どこでもある家族の光景を取り戻すことができました。<br>
<br>
　しかし、闘いは始まったばかりです。１審で完全無罪判決を勝ち取るために<a href="http://www.support344.org/caravan/">全国キャラバン</a>を展開するなど、権力の横暴に立ち上がったのです。]]>
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</item>
<item rdf:about="http://www.ogurobu-rentai-344-10-10.com/archives/850522.html">
<title>１１９回　ＪＲ東労組でよかった</title>
<link>http://www.ogurobu-rentai-344-10-10.com/archives/850522.html</link>
<description>　僕の腕の中で子供は何度も何度も不思議そうに聞いてきます。

「どこ行ってたの？」

「帰ってきたよ」

　こう答えるだけで精一杯です。

　大宮地方本部の事務所では、僕たちのために寿司やビールを準備して歓迎会をしてくれました。大勢の仲間で事務所は熱気に...</description>
<dc:creator>ogurojru</dc:creator>
<dc:date>2008-07-04T14:00:01+09:00</dc:date>
<dc:subject>小菅の拘置所で</dc:subject>
<content:encoded><![CDATA[　僕の腕の中で子供は何度も何度も不思議そうに聞いてきます。<br>
<br>
「どこ行ってたの？」<br>
<br>
「帰ってきたよ」<br>
<br>
　こう答えるだけで精一杯です。<br>
<br>
　大宮地方本部の事務所では、僕たちのために寿司やビールを準備して歓迎会をしてくれました。大勢の仲間で事務所は熱気に包まれます。みんなの笑顔がはじけます。<br>
<br>
　仲間は僕たちを心から心配して、支え、待っていてくれたんだ。感謝の気持ちでいっぱいになります。<br>
<br>
　ところが数時間前に独居房で夕食をとっていたので、せっかくの寿司をほとんど食べられません。おまけに１年近くアルコールを飲んでいませんから、ビール１杯で顔が真っ赤になります。でも、寿司やビールを自由に飲食できる自由なところに戻ってきたという手応えを感じます。<br>
<br>
　保釈された７人があいさつをすることになり、僕はこう言いました。<br>
<br>
「東労組でよかったです」<br>
<br>
　うそ偽りのない思いです。何度も絶望し、そこから立ち上がることができたのは、ＪＲ東労組の仲間が一緒に闘ってくれたからです。こんなに信頼できる力強い組織がほかにあるでしょうか。こんなに素晴らしい仲間が集う組織がほかにあるでしょうか。<br>
<br>
　帰宅したのは午後９時ごろです。突然の家宅捜索と逮捕から３４４日、ようやく戻ってきました。僕の中では逮捕された２００２年１１月１日から時間が止まっていました。それが、きょう一気に時間を取り戻し、また動き始めたという感じです。<br>
<br>
　子供とお風呂に入ります。子供と一緒に風呂に入る、こんなささやかなひとときがどれほど大切なものか。あらためて噛みしめました]]>
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</item>
<item rdf:about="http://www.ogurobu-rentai-344-10-10.com/archives/848227.html">
<title>１１８回　「パパどこ行ってたの」</title>
<link>http://www.ogurobu-rentai-344-10-10.com/archives/848227.html</link>
<description>　大勢の仲間が出迎えてくれて、歓声と拍手の渦の中にいました。そんな中、１つ上の先輩が大きな声を上げました。

「一番抱き上げたいのは子供だろう。オグロんちの家族はどこだ？！」

　向こうのほうで「いたいた。こっちこっち」という声が聞こえます。

　周囲に...</description>
<dc:creator>ogurojru</dc:creator>
<dc:date>2008-07-03T14:00:34+09:00</dc:date>
<dc:subject>小菅の拘置所で</dc:subject>
<content:encoded><![CDATA[<a href="http://image.blog.livedoor.jp/ogurojru/imgs/4/a/4a57acd1.jpg" target="_blank"><img src="http://image.blog.livedoor.jp/ogurojru/imgs/4/a/4a57acd1-s.jpg" width="160" height="112" border="0" alt="世界で一番大事なきみ" hspace="5" class="pict" align="left"  /></a>　大勢の仲間が出迎えてくれて、歓声と拍手の渦の中にいました。そんな中、１つ上の先輩が大きな声を上げました。<br>
<br>
「一番抱き上げたいのは子供だろう。オグロんちの家族はどこだ？！」<br>
<br>
　向こうのほうで「いたいた。こっちこっち」という声が聞こえます。<br>
<br>
　周囲にいた大勢の仲間が、まるで潮が引くかのように動いて道をつくってくれました。<br>
<br>
　その先には、子供を抱いた妻がいます。<br>
<br>
「パパだよ」<br>
<br>
　そう言って、妻は子供を降ろしました。<br>
<br>
「パパー！」<br>
<br>
　子供が飛び込んできました。抱き上げます。<br>
<br>
「パパ、どこ行ってたの？」<br>
<br>
　ずしりと重い手応えとしっかりした声に、この間の子供の成長を感じます。<br>
<br>
「ただいま」<br>
<br>
　僕は子供を抱いて感極まりました。]]>
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</item>
<item rdf:about="http://www.ogurobu-rentai-344-10-10.com/archives/846013.html">
<title>１１７回　連帯は塀を越えて</title>
<link>http://www.ogurobu-rentai-344-10-10.com/archives/846013.html</link>
<description>　東京・小菅の東京拘置所の独居房で荷物を片づけ、手続きのために１階に降りました。保釈手続きは２時間ほどかかりました。差し入れ品を１つ１つ確認していくので、時間がかかるのです。逆に言えば、これほど多くの差し入れをいただいたということです。

　刑務官が１人...</description>
<dc:creator>ogurojru</dc:creator>
<dc:date>2008-07-02T17:00:33+09:00</dc:date>
<dc:subject>小菅の拘置所で</dc:subject>
<content:encoded><![CDATA[　東京・小菅の東京拘置所の独居房で荷物を片づけ、手続きのために１階に降りました。保釈手続きは２時間ほどかかりました。差し入れ品を１つ１つ確認していくので、時間がかかるのです。逆に言えば、これほど多くの差し入れをいただいたということです。<br>
<br>
　刑務官が１人ついてきてくれました。<br>
<br>
「こういうことをあまり言わないんだが、頑張れよ」<br>
<br>
　こう言って手をさしのべてくれます。<br>
<br>
「お世話になりました」<br>
<br>
　握手をしました。<br>
<br>
　僕が保釈になったのだから、ほかの６人も保釈に違いない。そう思って、段ボールを積んだ台車を引きながら建物の裏口を出たら、先輩が２人います。先輩が僕を見つけて声をかけてくれました。<br>
<br>
「頑張ったな」<br>
<br>
　僕も伝えました。<br>
<br>
「大変でしたね」<br>
<br>
　これ以上言葉になりません。次々にほかの先輩も出てきました。<br>
<br>
　周囲を見渡します。ああ、外はこうなっていたんだ。解放感に圧倒されます。月の光がまぶしい。空気を感じます。<br>
<br>
　年齢の順に拘置所の外に出ることになりました。が、たまたま３～４番目を歩いていたので、そのまま出ることにしました。<br>
<br>
　門をくぐります。そこには大勢の仲間が僕たちを待ってくれていました。歓声が上がります。がっちり握手を交わし、肩を抱き合い、お互いの目を見て、喜び合います。感情がこみ上げてきます。<br>
<br>
　今までは差し入れという「物」を通して支援を感じてきましたが、いま目の前には「物」を通してずっと支援してくれた「人」がいるのです。<br>
<br>
　連帯は塀を越えた。そう確信しました。僕らは塀の内と外に分かれていましたが、力強いスクラムを組んでいたのです。<br>
<br>
　車に分乗して、埼玉・大宮にある職場の労組に向かいます。その車中で携帯を渡されました。<br>
<br>
「奥さんからだよ」<br>
<br>
　僕は携帯を受け取って、妻に言いました。<br>
<br>
「保釈されたよ。大宮に移動中だから、待ってて」<br>
<br>
　不思議な感じがしました。ほんの２時間前まで勾留され、自由を奪われていたのに、保釈決定という紙切れ１枚で自由の身になって、携帯で話している自分が不思議で仕方ないのです。<br>
<br>
　自由ってこんなに簡単なことなんだ。こんなに簡単な自由を権力によって奪われていたんだ。<br>
<br>
　大宮地域本部事務所で車を降ります。僕らを待ってくれていたのでしょう。本当に大勢の仲間がいます。僕らが車を降りると、みんなが駆け寄ってくれました。]]>
</content:encoded>
</item>
<item rdf:about="http://www.ogurobu-rentai-344-10-10.com/archives/842740.html">
<title>１１６回　「８３５９、保釈」</title>
<link>http://www.ogurobu-rentai-344-10-10.com/archives/842740.html</link>
<description>　それは突然やってきました。２００３年１０月１０日午後４時半ごろのことです。東京・小菅の独居房で夕食を終えたところで、ドアが開きました。刑務官が僕に声をかけてきました。

「８３５９、保釈」

　えっ？！

「もう１回お願いします」

「８３５９、保釈」...</description>
<dc:creator>ogurojru</dc:creator>
<dc:date>2008-07-01T11:00:07+09:00</dc:date>
<dc:subject>小菅の拘置所で</dc:subject>
<content:encoded><![CDATA[　それは突然やってきました。２００３年１０月１０日午後４時半ごろのことです。東京・小菅の独居房で夕食を終えたところで、ドアが開きました。刑務官が僕に声をかけてきました。<br>
<br>
「８３５９、保釈」<br>
<br>
　えっ？！<br>
<br>
「もう１回お願いします」<br>
<br>
「８３５９、保釈」<br>
<br>
「ホントですか？」<br>
<br>
　実は前日に保釈決定が出ていました。通知が届いたのですが、ちょうど３連休が始まるので、保釈は３連休のあとになるだろうとあきらめていたのです。<br>
<br>
　それだけに、信じられません。<br>
<br>
　刑務官がもう１人やってきました。<br>
<br>
「お前はこういうところにいるやつじゃないんだから、早く荷物を整理して、早く出なさい。お菓子は捨てたほうがいいだろう」<br>
<br>
「いえ、お菓子には仲間の思いがいっぱい詰まっているので持って帰ります」<br>
<br>
「よし分かった。オーガタ、段ボールを持ってこい」<br>
<br>
　労務で勾留されている「オーガタ」さんに指示してくれました。「オーガタ」さんというのは個人名ではありません。労務で勾留されている人すべてを刑務官は「オーガタ」と呼んでいました。<br>
<br>
　僕はボロボロと涙をこぼしながら、荷物の整理を始めました。]]>
</content:encoded>
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