2008年03月

2008年03月21日

21回 ふざけるな!

 裁判官なら分かってくれると思っていただけに、「勾留を10日間延長します」という声は僕を奈落の底に突き落としました。

 今まできちんと説明して、捜査にも協力してきたのに。僕が何もやっていないことくらい分かるだろう。またあの留置場に戻るのか。さらに10日間過ごさないといけないのか。

 頭が混乱して整理がつきません。

 「これで終わります」

 裁判官が言いました。

 えっ? えっ? えっ? 

 頭の中が真っ白になっている僕は、元の待合室に戻されます。そこに男性が入ってきて、僕に1枚の書類を示します。「接見等禁止決定」と書かれています。

 説明によると、弁護士以外には会えないそうです。家族との面会や手紙は禁止だと言うのです。

 僕には意味が分かりません。なぜ家族に会えないのか。なぜ家族に手紙を書けないのか。

 「どうしてですか?」

 声を振り絞って聞きました。しかし、男性の声は冷たいものでした。

 「書いてある通りです」

 ずっと我慢し続け、ずっと耐え続けてきた僕の中の何かが崩れました。

 ふざけるな!

 「いらないです」

 書類を突き返しました。 

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2008年03月20日

20回 「えー!!」

 東京地方裁判所の一室で、裁判官に聞かれるまま、自分の名前や年齢、住所、職業を答えました。

 「検察官から勾留請求がありました。今からあなたの被疑事実を読みます」

 裁判官はこんな感じのことを言って、僕がかけられている疑いを読み上げます。逮捕された日の警察の取り調べの時と昨日の検察官の取り調べの時に言われたのと同じ内容です。もちろん僕には全く身に覚えのないことです。

 「この事実に間違いありませんか」

 「いいえ違います」

 そして僕はきちんと説明しました。裁判官なら分かってくれるという期待のような祈りのようなそんな気持ちがあるのです。

 僕が説明したことを裁判官が要約して勾留質問調書という書類に書き込み、読み上げました。その調書を渡された僕は署名と指印をして、裁判官に返します。

 裁判官は何かゴム印を押しながらこう言いました。

 「勾留を10日間延長します」

 「えー!!」

 全身から力が抜けていきます。

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2008年03月19日

19回 今日で帰れる

 逮捕されて今日で3日目。刑事が言っていた「2〜3日」の最終日だ。こんな生活は今日で最後にしたい。今日を最後に普通の生活に戻りたい。今日は裁判官のところに行く。裁判官というのは裁判で判決をくだす人だ。正しい目を持った人だ。裁判官にきちんと説明すれば、僕が何もしていないことは分かってくれるに違いない。今日結論が出て、僕は家に帰れる――。

 そう思って、裁判所に連れて行かれました。きのうと同じように乗用車で出発です。杉並署留置場の担当さんのほか、留置主任官という立場の人も一緒です。

 今から思うと、僕を乗せた車が入っていったのは霞ヶ関にある東京地方裁判所でした。

 地下の駐車場を降りて、個室で待たされます。壁には「国選弁護人を雇うことができる」という趣旨の説明パネルが掲げられています。「国選弁護人」の意味も、その人をなぜ雇うのかという理由も分からないので、僕は担当さんに聞きました。担当さんは丁寧に教えてくれました。

 声がかかり、部屋を出ます。

 別の部屋に入ります。小さな部屋で、すでに2人の男性が座っています。

 「どうぞお座りください」

 黒い法被を着た男性に促されてイスに座ります。

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2008年03月18日

18回 逮捕2日目の夜

 杉並署留置場の房に戻りました。留置場には時計がないので正確な時間が分からないのですが、あとで確認したところ、この日は13時19分に留置場を出て、17時50分に戻ってきたようです。

 留置場で初めての夕食です。すでに夕食時間が過ぎていたようで、僕だけ喫煙室でねずみ色のゴムマットを敷いて食べました。ノリ弁当でした。冷えていました。もちろんノドを通りません。みそ汁がついていましたが、インスタントで全然おいしくありません。

 夕食後は歯磨きをして寝るだけです。

 就寝時間は21時と子供並みの早い時間なので、みんなせんべい布団に横になっていますがすぐには眠れないようで、ごそごそ動く気配がします。

 逮捕され、連行される時に2〜3日で帰れると聞かされていましたから、あしたで終わりだという期待が少し出てきます。

 ここでようやく僕の勤務はどうなったのだろうという心配が出てきました。きのうは逮捕されたショックで自分の勤務のことを考える余裕など全くありませんでしたが、2日目になって初めて自分の仕事のことが浮かんできました。

 僕はJR京浜東北線の運転士です。勤務日程は1ヵ月分くらい決まっています。きのうは有休でしたが、今日は「12ダイヤ」、あした3日は「1ダイヤ」のはずです。誰が代わってくれたのだろう。迷惑をかけたのではないか。そんな心配が出てきます。

 4日は職場の旅行です。15〜16日はJR東日本のバスケットボールの大会です。この日のために仲間と練習を重ねてきました。出られるかな。

 もちろん家族のことも気になります。妻子の前で逮捕されたきのうの光景が何度も何度も蘇ります。

 何で僕がこんな目に遭わなければいけないんだ。何で房に入れられるんだ。寂しくてたまりません。

 また涙があふれてきました。

ogurojru at 10:58|PermalinkComments(3)この記事をクリップ!2002年11月2日は検事の取り調べ 

2008年03月17日

17回 「お前は革マルではない」

 検察官の質問に僕はきちんと答えました。何を言われているのか、何の話なのかよく分からないのです。僕がきちんと説明することで、分かってくれたに違いないと思いました。

 今振り返ると、この日も一体何の容疑なのか僕は分かりませんでした。いや、そもそも自分にかけられた容疑を考えるという発想自体がありませんでした。いくら逮捕されたとはいえ、僕にとってはすべて寝耳に水の話ばかりですし、こんな経験は初めてですから、容疑をかけられているとは思いもしなかったのです。

 検察官の取り調べのあと、また車で杉並署に戻ります。朝から僕にずっと付き添っていた杉並署留置場の担当さんが、車の中でこんなことを言ってくれました。

 「検事の前であそこまできっぱり『違う』と言うんだから、お前の言う通り、お前は違うと思うよ」

 わけも分からないまま逮捕されて、入れ代わり立ち代わり革マルだと決めつけられてきました。そんな中で、僕が何もしていないことを分かってくれ、認めてくれる人がいるのですから、こんなにうれしいことはありません。ジーンときました。そして少しほっとしました。

 この担当さんは40歳前後で、フチなしのメガネをかけた、背の高い人です。僕がこれからどうなるのかという質問をした時に丁寧にいろいろ教えてくれるなど、優しい人でした。少しずつですが人間味を感じるようになります。

 僕を乗せた車は杉並署の駐車場に戻ってきました。  

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2008年03月16日

16回 「革マル」は冗談で出てくる言葉

 検察官から「革マルですか」と聞かれた僕はすぐに答えました。

 「違います」

 革マルという言葉を知らないわけではありません。JR東労組は革マルだと言われることがあるのかなという程度のことは僕でも知っていました。実際職場では「東労組は革マルだから」とか「お前は革マルだからそういうことを言うんだな」とか、そういうやりとりを冗談でしているのを聞いたことがあります。

 しかし、繰り返しますがあくまでも冗談です。革マルとは無縁だからわざわざ笑いを取るために「革マル」という単語を使って遊んでいたわけです。遊びの1つとして冗談で使う言葉が「革マル」なのです。それを検察官が真面目な顔で僕に言ってくるのですから、僕は不思議な感じがしました。しかも、僕は自分が革マルだと言ったことは一度もありません。

 検察官は僕の容疑を記した用紙を見ながら、「聞きますから答えてください」「これはどうなの?」という感じで質問してきました。用紙には15件の話が記されていて、そのうち僕は7件に出てくるのですが、僕はすべて自信を持って答えました。

 僕の答えは「違います」「覚えていません」「そうではありません」ばかりです。

 そもそも僕にかかっている容疑は全く身に覚えのない話です。ですから僕はきちんと説明しました。説明したら分かってくれると思ったからです。もちろん覚えていないこともあり、それはきちんと「覚えていません」と答えました。1年以上前の、どうということのない話を覚えているわけがないのです。

 僕の話を聞いた検察官はその場でパソコンに向かって文章にまとめ、プリントして読み聞かせてくれました。全体的に僕が否認しているという内容です。

 その用紙に僕は署名と指印しました。検察官と事務方らしい男性も署名と捺印しました。

 35歳前後のさわやかなイケメン風の検察官は理解してくれたと思いました。

 「あしたは裁判所に行ってもらうから」と検察官に言われて、ほっとしました。

 あしたで終わりだ。ようやく家に帰ることができる。そう思いました。

ogurojru at 09:28|PermalinkComments(5)この記事をクリップ!2002年11月2日は検事の取り調べ 

2008年03月15日

15回 「あなたは革マルですか?」

 「7番! 検事のところに行くから」

 担当さんに声をかけられました。

 検事というのは警察が逮捕した容疑者を調べて起訴するかどうか判断し、起訴した場合は裁判所で有罪の判決を得るために活動する人です。難関の司法試験に合格した優秀な人が就く仕事です。「検察官」とも言います。ただ当時は検事が何なのかさえ僕は知りませんでした。逮捕されたショックや家族の心配で、そういうことに疑問を抱かないのです。

 呼ばれて房を出たところで、手錠をかけられます。ゆっくりカチャカチャと締められ、「痛くないか?」と聞かれます。手錠をかけられると必ず「痛くないか?」と確認されました。

 さらに腰ひもをかけられ、留置場を出ます。出たところに背広姿の男が3人いました。きのう僕の家を家宅捜索した人とは違う人たちです。

 担当さんは僕の腰ひもを持ったまま僕と一緒に乗用車の後部座席に乗り込みます。僕が真ん中、僕の右側に担当さん、僕の左側と運転席、助手席に背広姿の3人が乗りました。

 車が動き出します。背広姿の男が聞いてきました。

 「きのう寝られたか?」

 「いいえ、あまり寝られませんでした」

 「飯食ったか?」

 「食っていません」

 僕は一瞬むっとしました。わけも分からず家族の前で逮捕され、混乱が続いているのです。ふざけるな。食えるわけがないだろう。

 車はどこかの地下に降りていきます。そこには駐車場があり、エレベーターで上がっていきました。何階だったか記憶がありません。別室で待たされたあと、呼ばれました。

 手錠を外され、部屋に入ります。とても広い部屋で、ソファーセットや植木鉢、本棚があります。窓からビルが見えます。きのうの取調室とは全然違います。部屋には検事と男性が1人いました。

 検事の机の前に座らされます。

 「検察官のNです」

 名乗ってから、こう聞いてきました。

 「あなたは革マルですか?」

窓から見た景色
【建物の上の階にあった検察官の部屋の窓から見えた景色がこの辺りです。日比谷公園側が見えていたのだとあとになって分かりました】

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2008年03月14日

14回 新聞に出ている!

 房の中にいたところ、担当さんが「新聞」と言って、入れてくれました。『産経新聞』です。房の中で新聞を読むことができるのでした。

 1面からめくっていくと、マジックで黒く塗りつぶしてある部分があります。

 「何ですか?」

 同じ房の前科11犯という人に聞いてみました。

 「この房の中の誰かの記事じゃないか。透かして見てみな」

 マジックで塗りつぶした直後の記事は読めませんが、マジックのインクが乾けば蛍光灯に透かして読めるというのです。

 僕は新聞を持って、蛍光灯にかざしてみました。

 「えーっ!! 何だこれは!!」

 見出しを見て驚きました。「JR東労組幹部ら逮捕」「指示拒否の組合員に退職強要」という大きな活字が目に飛び込んできたからです。

 途端に怖くなり、記事は読めませんでした。読みたいけれど読まないのではなく、読みたくないのです。

 逮捕されて連行されている時に「マスコミが来ているぞ」と言われたのを思い出しました。

 うわー、どうしよう。本当に新聞に出ている。怖くて怖くてたまりません。

 それまではマスコミのワイドショーを他人事として面白半分で見ていたのですが、当事者になった途端にマスコミに追いかけ回されるのではないかと思って怖くなったのです。

ogurojru at 17:26|PermalinkComments(2)この記事をクリップ!2002年11月2日は検事の取り調べ 

2008年03月13日

13回 叫びたい

 杉並署の留置場で迎えた初めての朝、朝食を終えた僕は妻と子供の心配をしていました。と同時に、この僕が逮捕されたことへのショックを引きずっていました。

 逮捕されたあとの出来事はすべて初めて経験することばかりです。特に杉並署の留置場はカルチャーショックです。

 テレビでしか見たことがない鉄格子の房に僕が入っているのが信じられません。監視をしている警察官(僕らは「担当さん」と呼んでいました)が命令口調で「起床!」とか「洗面!」とか叫ぶたびにびびってしまいます。房の中で犯罪者の人たちと一緒にいるのも、一緒に朝食を食べるのも何となく怖い感じがします。本来なら僕がいるはずのない世界に迷い込んだような気持ちです。

 点呼もその1つです。留置場では毎日の朝食後と夕食後に点呼があります。

 「点呼!」

 監視の警察官が「○房室○番」と呼び、「はい」と答えるのですが、僕は最初よく分からず、「7番」と呼ばれて、あ、僕だ、「はい」という感じでワンテンポ遅れて答えていました。

 また、たばこを一服できる時間もその1つです。房からみんなゾロゾロ出てきて、隣の喫煙室に移動します。ここに一人ひとりに木箱が置いてあります。木箱には番号が記されています。木箱にタバコが2本立てられていて、これが1日に許されるタバコなのです。

 この喫煙室でタバコのほか爪切りとひげそりができます。爪切りには鏡のようになっている平らな部分がありますから、ひげそりの時にはこれを鏡として使います。

 僕はずっとひげをそりませんでした。「僕は何もやっていない!」という気持ちがありましたから、せめてもの抵抗の気持ちを示していたのかもしれません。

 ところで僕はタバコを吸いません。それでも喫煙室に行かされるのですが、窓際に行って、鉄格子の入った窓から外の景色を見ていました。窓から見えるのは杉並署の駐車場で、パトカーの出入りが見えました。

 自分のこの状況に納得できず、「これはいったい何なんだ!」という思いがわいてきて、叫びたい衝動に駆られます。でも、その直後に「2〜3日の辛抱だ。2〜3日で出ることができるんだから」と思い直しました。

喫煙室の窓から見える景色
【左側の茶色の建物の奥(画面の中央上部)に窓があります。杉並署3階にある喫煙室の窓です。その窓から見下ろしていた杉並署の駐車場です。奥のパトカー辺りをながめていました】



喫煙室の窓
【画面中央の窓が喫煙室の窓です】

ogurojru at 12:23|PermalinkComments(4)この記事をクリップ!2002年11月2日は検事の取り調べ 

2008年03月12日

12回 留置場の朝

 「起床!」

 杉並署留置場に響く声で目が覚めました。寝たのか寝ていないのか分からない感じです。

 留置場の上の窓が開いていて、冷たい空気が入ってきます。

 「おはようございます。よろしくお願いします」

 同じ房の“先輩たち”に小さな声であいさつします。

 “先輩たち”が布団をたたみ始めます。40過ぎくらいの男性に声をかけられました。

 「布団を畳むんだよ」

 「はい」

 「ここでは全部自分たちでやるんだ」

 「はい」

 僕も慌てて布団をたたみます。たたんだ布団を抱えて順番に房を出て、留置場隅の布団置き場に置いて、房に入ります。どうしていいのか考える間もなく、周囲の人の行動を見て、その通りに真似していました。

 「洗面!」

 また房を出て、洗面台で顔を洗います。持参した洗顔フォームは使用禁止とかで使えず、石けんを借りて顔を洗いました。歯磨きもこの時にします。そのあとまた房に入ります。

 僕らが房から出る時は必ず何人もの警察官が周囲にいました。

 「食事!」

 房の小窓が開いて、ゴム製のマットと日の丸弁当(ご飯に梅干し)、漬け物、みそ汁、白湯を受け取ります。ゴザを敷いて、その上に弁当などを置いて朝食が始まります。この辺りの光景は映画『それでもボクはやってない』に描かれたのと全くと言っていいくらい同じです。

 しかし食欲がありません。胃がキューっと縮まった感じで、空腹感が全くないのです。それでも、みそ汁だけは飲みました。煮干しでダシを取った味で、意外にうまいと思いました。

 朝食が終わると、留置場はしーんと静まりかえります。

 僕は房の出入り口に一番近いところで、壁に背中を預けて、膝を組んで座りました。

ogurojru at 17:12|PermalinkComments(6)この記事をクリップ!2002年11月2日は検事の取り調べ 
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