2010年03月28日

請願権を行使する

 僕らが最高裁判所に行って冤罪であることを主張している行為は、難しく言うと、請願権を行使しているということになります。

 請願権は日本国憲法第16条にこう定められています。

 何人も、損害の救済、公務員の罷免、法律、命令又は規則の制定、廃止又は改正その他の事項に関し、平穏に請願する権利を有し、何人も、かかる請願をしたためにいかなる差別待遇も受けない。

 この請願権は一般的に参政権的な意味があるのですが、裁判所に対して裁判の内容について請願する権利も含まれています。

 請願権を憲法が保障しているのに、最高裁は制限をしています。会議室で僕らの話を聞くことが毎月1回、最高裁の紋の前で僕らから書類を受け取ることが毎月1回、という具合です。

 僕らは毎日でも最高裁に行って冤罪を訴えたいのに、法の番人が自ら請願権を制限しているわけです。

 最高裁には最高裁の都合があるのかもしれませんが、最高裁なのですから冤罪で濡れ衣を着せられたままの僕らの人権を少しは考えるべきではないでしょうか。

 日本国憲法や刑事訴訟法で黙秘権も定められていますが、取調室では黙秘できなかったどころかやってもいないことをやったことにさせられました。
 取調室で供述調書を作成することと、裁判で証言することの意味は全く違います。この違いは僕が裁判を経験したことで思い知らされました。

 憲法は国家権力に制限をかけています。しかし現実の世界では憲法の条文は空洞化しているのです。

 でも、だからこそ僕らは憲法に基づいて、自分たちの権利を行使していく必要があります。僕らが行使しなければ、僕らを守る権利がますます空洞化していくからです。

 あきらめたらいけません。さらに気持ちを強く持ちたいと思います。
 

ogurojru at 22:03│Comments(0)TrackBack(0)この記事をクリップ!最高裁へ 

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